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入れ歯 種類の基本はここから

日光の「華厳の滝」がそうで、落差九十七メートル、その上、春は緑、秋は紅葉に彩られて美しいことこの上ない。 紀州の「那智の滝」は落差が百三十三メートルだというから、一二大滝を上回る。
とりわけ深山幽谷を背景にしている姿が、絵のように浮かびあがる。 水墨画の世界に遊ぶといった風情だ。
もっとも、私は落差が千メートルもあるという世界最大の滝、南米ヴェネズエラの「エンジェルフォール」には、残念ながらまだ行っていない。 南米の南端にある「パタゴニア氷河」も、これからの楽しみにとってある。
まだ旅行者気分も冷めやらぬ一九七四年(昭和四十九年)正月、私はASEAN五カ国訪問の旅に出た。 T首相に同行しての十一日間である。
特別機なので、すべてが大げさだ。 まず、昼食が近づいたらメニューが配られた。
「T内閣総理大臣閣下東南アジアご訪問特別機御献立表」と印刷してある。 豪華なホテルで行われる結婚披露宴を思わせる。
最初の訪問国フィリピンでは、首都マニラの空港にM大統領夫妻をはじめ高官がずらりと並び、異例の歓迎ぶり。 やはり、日本の経済協力がものをいうのだろう。

ところが、空港から市内に入る道の両側を見て、びっくりした。 なんと汚いのだろう。
水上に、丸太を組んだ掘っ建て小屋も並んでおり、どちらを向いてもぼろをまとった人たちばかり。 これまで私が訪れたアメリカ、ヨーロッパ、アジアでも、これほどひどいスラム街は見たことがないなと思う。
その分まで、首相の泊まる大統領のマラカニアン宮殿は豪華絢欄で、東南アジアの民衆のみじめさを際立たせた。 次の訪問国タイの首都バンコクには、いやな思い出があった。
十四年前、欧米からの帰りに寄ったときは、税関やタクシーの運転手が、ひどく不親切だったからだ。 もある。
しかし、今度は別のことでうんざりした。 学生たちの「反日デモ」をうけたからである。
このころは、日本の東南アジアへの経済進出が「侵略だ」「帝国主義だ」と現地の強い反発を招いていた。 日本は口では「援助」といいながら「実は現地の人たちを搾取しているではないか」という不満である。
とりわけ抵抗の強いのがタイとインドネシアであり、まずバンコックでその洗礼をうけたわけだ。 首相一行と、われわれ記者団のバスは、空港を出たとたんに三百人あまりの学生デモに阻まれた。
それを突破してやっと市内に入ったところ、デモ隊は数千人規模にふくれあがり、半袖シャツの学生たちがプラカードを突き上げながら、何かしきりに叫んでいる。 耳をすますと、「T、カエレ」「T、カエレ」と、片言の日本語でわめいているのだ。
何度も立ち往生した首相と随員の車は、パトカーに先導されて、ひと足先に脱出した。 すると、デモ隊の主力は、取り残されたわれわれ記者団のバスに向かってきた。

叫ぶだけでなく、バスを叩いたり蹴ったりする者までいる。 そのうちに、両手に握った物をバスに向かって投げはじめた。
正月とはいっても、バンコクは真夏のように暑い。 ぼろなバスには冷房がないので窓を開けていたが、そこから何かの塊が飛び込んできてわれわれの顔に当たる。
痛い。 固く丸めた紙つぶてだ。
あわてて窓を閉めた。 紙つぶてを開いてみたら、プラカードと同じように、「経済侵略反対」「くたばれ!日本のエコノミックアニマルめ」などと書いてある。
しばらく立ち往生したあと、われわれはバスを放棄することになり、出ると、ホテルに向かって走った。 私は学生時代、何度もデモをやり、「単独講和反対」「破防法反対」「ヤンキーゴーホーム」などと叫んだことがあるが、デモというものはやるものであって、やられるものではないな、とこれほど痛切に思い知らされたことはない。
バンコクでわずかに慰めになったのは、有名なエメラルド寺院の仏像を、前回よりゆっくりと、しかも近いところから見られたことぐらいだろう。 次いで訪れたシンガポールでは、風景が一変した。

空港からの道路の両側には南国の街路樹で、道にはチリひとつ落ちていない。 もっとも、これは毎日やってくるスコール(夕立ち)で洗い流されるのと、「タバコのポイ捨ては五ドルの罰金」という制裁があるためと、あとでわかった。
そのスコールのなか、私はホテルのプールで一人、のうのうと水泳を楽しんだ。 次のマレーシアの首都クアラルンプールは、夏の軽井沢みたいで、ホテルも豪華。
K君が首相のゴルフを見に出かけた問、私は一人で広いプールを泳ぎまわった。 問題は、最後の訪問国インドネシアのジャカルタで起こることになる。
夕方、クアラルンプールを飛び立った特別機は、途中で赤道を越えた。 スチュワーデスがみんなに「赤道通過証明書」を配って歩く。
そのころまではほんわかとした雰囲気だったのだが、とっぷりと暮れて薄暗いジャカルタ空港に着くと、にわかに緊張に包まれた。 出迎えのスハルト大統領らと首相が握手すると、一斉にフラッシュがたかれたが、それが異常に明るく見えたほど空港ビルが暗かった。
出迎えの支局長が「学生デモがだいぶ荒れていますよ」という。 首相一行は出迎えの儀式もなく、すぐさまパトカーに先導されて、市内へ向かった。
記者団のバスはここでも取り残され、真っ暗な路上をうろつく学生たちの妨害にあって、ホテル着は三十分もおくれた。 翌日は、昨夜の緊張がまるでうそみたいな静かな朝を迎えた。
それでも、首脳会談が行われる大統領のムルデカ宮殿までは、代表取材の私たちが乗ったマイクロバスの前後を、パトカーが護衛するというものものしさである。 そのあと、支局を訪れたら、支局長が従業員に給料を渡している。
「全部で七人もいるんですよ」といわれて、「いくら安いといっても多すぎはしないか」と、あきれた。 ホテルまで彼の車で送ってもらい、東京本社との聞に特設した専用電話で原稿の打合せをする。

そこまでは平穏だったのだが、急にホテルの外が騒がしくなった。 「ちょっと外の様子を見てきます」と出て行った支局長が、「大変です。
日本の車が焼かれています。 完全な暴動ですよ」と駆け込んできた。
出てみると、幅五十メートルもある大通りを、何千という群衆が口々に何かわめきながらやってくる。 遠くには、車の燃える黒煙がもうもうとあがっている。
いつの間に、こんな大群衆が集まったのだろう。 ホテルのはす向かいの日本大使館にさしかかったデモ隊は、投石をはじめた。
「大使館のガラスが割られた」「国旗が引きずり下ろされた」という情報が、ひっきりなしに入ってくる。 カメラを持って飛び出そうとしたら、警備の武装兵から「彼らの標的にされるから危ない」といわれ、カメラだけは隠す。
その聞に、東京へ原稿を送らなくてはならない。 書いている暇はないから、専用電話に向かって勧進帳山で読み込み、それを原稿用紙に書きとめるのだ。
新聞記者の勧進帳というのは、安宅の関で弁慶がやったのを真似たもので、原稿を書かずに、メモを見ながら原稿を送ることをいう。 支局長と交代で受話器を握り、しまいには声もかれた。
すべてを送り終わって最上階の展望台に上がったら、遠くで火の手があがっている。 「T系企業だ」という情報を確かめ、またも専用電話にかじりつく。

インドネシア人のホテル従業員は、われわれの目を見ないようにしているのである。 参加したいと思っているのではないか、と疑いたくなる。

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